岡山地方裁判所 昭和23年(行)17号 判決 1949年2月07日
原告
西山慶治
被告
武熊太郞
同
岡山県知事
"
主文
被告武熊太郞は原告に対し別紙目録表示の田六畝九歩を返還しなければならない。
岡山県知事豊島章太郞が原告と被告武熊太郞との間における別紙目録表示の田六畝九歩および八畝六歩に対する賃貸借契約の解約につき昭和二十一年十一月十一日附岡山県指令農第二二九二号をもつて為した不承認処分はその無効なることを確認する。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
原告において、被告武熊太郞に対し金千円の担保を供するときは第一項に限り仮にこれを執行することができる。被告武熊太郞において金二千円の担保を供するときは、同被告は右仮執行を免れることができる。
請求の趣旨
(一)被告武熊太郞は、原告に対して別紙目録表示の田六畝九歩の農地を返還しなければならない。(二)被告岡山県知事同知事豊島章太郞が、原告(地主)西山慶治と、被告(小作人)武熊太郞との間における別紙目録表示の農地に対する賃貸借契約の解約につき昭和二十一年十一月十一日附岡山県指令農第二二九二号をもつて為したる不承認処分はその無効たることを確認し、且つ当該不承認処分を取消す。訴訟費用は被告両名の負担とする。との判決並びに請求趣旨第一項に対して仮執行の宣言を求める。
事実
原告はその所有に係る別紙目録表示の田六畝九歩及び八畝六歩の二筆の農地を昭和十六年頃家族を肩書住所に残して神戸市に出稼するに際し、原告が帰郷の節は何時でも返還する約束で一時的に被告武熊太郞に賃貸したが、昭和二十年八月終戦とともに帰郷し、直ちに被告武熊太郞に対し右農地の返還を申入れたところ同被告は異議なくこれを承諾し、昭和二十一年の稲作より、右二筆とも返還する約束すなわち合意解約が成立した。そして被告武は内八畝六歩を昭和二十年末頃返還したが、六畝九歩は返還しなかつたので、原告においてこれが催促をしているうち農地の返還は合意解約の場合でもすべて居町農地委員會の承認を受けなければ罰則に触れるとの県の指令があつたので原告は右指令に従い昭和二十一年九月頃、右田二筆の解約に対する承認方を被告武熊太郞と連署の申請書をもつて矢掛町農地委員会に提出した。同委員会においては、同年十一月四日右申請に係る賃貸借解約の承認をしたので右田二筆の農地に対する解約の効果はこのときに発生した。然るに岡山県知事豊島章太郞は右委員会の承認行為を無視し、法律上何等の権限なくして、同年十一月十一日附岡山県指令農第二二九二号をもつて前記賃貸借解約につき不承認決定を為し、その旨同委員会を経て原告及び被告武熊太郞に意思表示をした。
然しながら農地の賃貸借契約の解除解約に対する市町村農地委員会の承認権を知事の許可に読み替えるに至つたのは、昭和二十一年十一月二十二日からであるから、前記岡山県知事の不承認決定処分は何等の権限にも基かざる無効のものである。然るに被告武熊太郞は、右不承認決定のあつたのをたてに前記六畝九歩の田の返還を拒絶し、更に前記八畝六歩の田をも原告から取戻を強行せんとする状況にあり、又被告岡山県知事においても右不承認決定をもつて有効なるものとし、爾後の行政処分を進行せんとする気配があるから原告は被告武熊太郞に対し右六畝九歩の田の返還を求め、併せて後任被告岡山県知事に対し前記不承認処分の無効確認竝に之が取消を求める次第であると述べた。(立証省略)
被告武熊太郞代理人は、原告の請求の趣旨第一項の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決及び同被告敗訴の場合における仮執行免脱の宣言を求め、原告主張の原因事実中その主張の田が原告の所有であること、被告がこれを耕作中なること並びにこれが返還申入があつたことはいずれも認めるがその余はすべて否認する。被告は昭和十六年頃より別紙目録表示の田一反四畝位をその所有者なる原告から賃借小作してきたところ、昭和二十一年二月頃原告から返還申入があつたので被告はやむなくこれを八畝六歩と六畝九歩とに分け、前者を同年四月末、返還し、矢掛町農地委員会は右解約を承認したが岡山県知事は不許可の決定をしたもので、その日時は原告主張の如くである。しかしながら後者の田六畝九歩は引続き被告が耕作して居り原告に返還したこともなければ、原告からこれが解約につき承認申請をしたこともない。勿論知事の不許可決定のあつたこともない。従つて原告の本訴請求は失当として棄却せらるべきであると述べた。
被告岡山県知事代理人は請求の趣旨第二項の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、原告主張の指令農第二二九二号は上級官庁たる岡山県知事の下級官庁たる矢掛町農地委員会に対する監督権(農地調整法第十七条その他に基く)訓令権に基き知事から同農地委員会に対して為されたもので、それは矢掛町農地委員会が原告と被告武熊太郞との間の本件小作契約解約の承認を与えようとして、その意見をまとめて知事の承認を求めて来たので、知事が不承認の指令をしたものに過ぎず。右は行政官庁相互間内部の問題であつて対外的に法律効果を発生する原告に対する行政処分というを得ない。従つて岡山県知事の矢掛町農地委員会に対する訓令権の作用たる本件指令の無効確認を原告が訴求することは許されない。なお被告武熊太郞の陳述は右被告知事の主張に反しない限り、これを援用すると答えた。(立証省略)
理由
按ずるに、原告が被告武に昭和十六年頃から主文第一項に記した原告所有の田を賃貸小作せしめ現に同被告がこれを占有耕作していることは当事者間に争がない。成立に争のない甲第一、二号証、証人藤井雅夫の証言に弁論の全趣旨を総合すると原告は右田外一筆の賃貸農地(別紙目録記載のもの)の返還を同被告に申入れ同被告はこれを承諾し、遅くも昭和二十一年十月二十六日以前に右賃貸借を解約する合意が当事者間に成立しその後同年十一月四日に至つて右合意解約につき、矢掛町農地委員会の承認決議が為され、承認が与えられたことを認め得る。従つて被告武熊太郞は原告に対し右六畝九歩の田を返還すべき義務があるといわねばならぬ。
次に岡山県知事豊島章太郞が昭和二十一年十一月十一日附主文第二項の指令農第二二九二号をもつて本件賃貸借解約不承認の意思表示をしたことは被告知事において認めるところである。同被告は右町農地委員会の承認決議は最終的のものではなく同委員会が本件解約を承認しようとする意見を一応まとめて知事の承認を求めその回答により承認の本決議をしようとした先件の予備的決議に過ぎないと言うがその然らざるものであることは前認定のとおりであるから被告知事の右主張は之を採用しない。仍つて右不承認の意思表示が原告主張の如く原告の本件賃貸借解約に対する不承認の行政処分であるか、又被告知事主張の如く知事の監督権に基く矢掛町農地委員会に対する訓令であるかを案ずるに、右意思表示が原告と被告武間の本件農地賃貸借の解約なる具体的事件につき為されたものであることは前認定の通りであつて、前示甲第一号証に依れば、その意思表示は「昭和二十一年十一月四日附申請の小作契約の解約の件、農地調整法施行細則第十条第一項の規定により別記の通り承認出来ない」と表示してあり、この文辞に拠つて右は本件解約を不承認とするの原告に対する行政処分と認めるを相当とする。尤も、右「農地調整法施行細則第十条第一項の規定により」とあるを、昭和二十一年六月一日附岡山県令第五十五号が、昭和十八年岡山県令第七十二号農地調整法施行細則を改正し、その第十条第一項に、市町村農地委員会は法(農地調整法)第九条第三項の規定に依る承認を与えようとするときは予め知事の承認を受けなければならないと規定しているのに鑑れば、本件場合は知事の訓令権に基いて発する意図の下に為されたやの観がないでもないが、町農地委員会の承認決議はすでにその以前に為されていること前認定の如くであるから右細則第十条第一項の場合には該当しない。寧ろ本件解約の件を承認出来ないとある文辞に依り原告の本件解約に対する不承認処分と認めるべきである。若し右指令にして町農地委員会の将来の取扱に対する指導の意味を以て訓令したもの等とすれば「本件の如き事案については将来は不承認として取扱われたい」等その趣旨を明に表示するに足る文辞を使用し得たであろうからである。又、本件指令書写に依れば右指令には「小田郡矢掛町農地委員会」と表示してあるが、自作農創設特別措置法又は農地調整法に依る行政処分の通知についてはその申請が市町村農地委員会を経由して提出せられるのを通常とする関係から、知事又は県農地委員会より当事者に対する通達は之を直接当事者にすることなく地方事務所又は市町村農地委員会に書類を送達し当該地方事務所又は市町村農地委員会から之を当事者に通知するのが普通であること当裁判所に顕著であるに鑑れば右表示は之に当該指令書を送付し之をして処分を当事者に伝達せしめる為の取扱地元農地委員会を表示したものと見るのを相当とし、この表示ある故を以て本件指令を矢掛町農地委員会に対する行政庁間の内部的訓令であるということもできない。
而して、昭和二十一年十一月二十一日までは農地賃貸借の解約の承認は市町村農地委員会の権限に属していたこと、当時の農地調整法第九条第三項の規定に依り明であつて、知事にはその権限は存しなかつたのであるから、前記解約不承認の行政処分は権限ないもののした行処分として当然無効なものといわなければならない。而して又当然無効の行政処分は裁判の結果を待つまでもなく無効であつて、之が無効宣言を要しないところであるが、本件指令は前記の如く原告と被告武との間の本件二筆の農地の賃貸借解約という具体的な権利関係に対して為され、その発令者である知事によりその無効の宣言のない限り、右は有効な行政処分の如き形態を以て存在し、被告武は之を有効な行政処分として主張するのみでなく、前示藤井証人の証言及び弁論の全趣旨を併せ考えれば、矢掛町農地委員会も亦本件指令を以て同委員会がさきに原告に為した解約承認が不承認に変更されたものとし、直ちに本件指令を原告及び被告武に通知し、爾来本件農地の賃貸借関係が不明確となりおることを認め得べく、為に現に原告の法律上の地位に不安を生じ居る事実を認め得るから、判決に依り之が無効であることを確認すべきである。原告は本件指令は無効であるから、之が取消を求める旨主張するが、行政処分の取消は行政処分にかしある場合に之を為すべきものであつて、本件の如く当然無効である場合にはその無効なることを確認すれば足り、重ねて之が取消を為すべきものでないから原告の右取消請求は理由がなく之を棄却せざるを得ない。そこで原告の本訴請求は前記農地の返還請求及び本指令の無効なることの確認を求める限度において、これを正当と認め、その余の請求は失当なるをもつてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第九十五条を仮執行の宣言並びにこれが免脱の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。
(中島 三関 菅納)
(目録省略)